【マン島超特急×ゴリラ】マーク・カヴェンディッシュとアンドレ・グライペルのライバル関係
時代を代表する2人のスプリンター
イギリスのマーク・カヴェンディッシュと、ドイツのアンドレ・グライペル。
自転車選手の中で、スプリンターを順に思い浮かべるとき、真っ先に、少なくとも10番以内に思い浮かべるであろうトップスプリンターの2人です。
ツールの平坦路で幾度となく競り合い、気付けばどちらもベテランの域に差し掛かっています。
プロトンを代表するトップスプリンターのカヴェンディッシュとグライペルですが、実はかつては同じチームに所属していました。2人のこれまでをまとめます。
Tモバイルでチームメイトに
カヴェンディッシュと、グライペルは、ドイツのチーム、Tモバイルに同時期に移籍しています。Tモバイルとはウルリッヒ、ビャルヌリース、ヴィノクロフらが所属したビッグチームです。
ところが、その翌年、Tモバイルのメインスポンサーであった、ドイツのテレコム社がチームのスポンサーを撤退してしましました。ドーピングが蔓延するサイクルロードレース界に関わることは、企業のイメージダウンにつながるとの判断からでした。
チームは、運営企業名のハイロードとして存続していくことになりました。このチーム・ハイロードで、カヴェンディッシュとグライペルは走ることに。
2007年、まずはカヴがツールに。
2007年、カヴェンディッシュはベルギーの歴史あるワンデーレース、スヘルデプライス・フラーンデレンで勝利しました。
このレースはロンド・ファン・フラーンデレンより歴史が古く、その時代を代表するトップスプリンターが歴代優勝者に名を連ねています。マン島出身のスプリンターは、一気にトップスプリンターとしての階段を駆け上がりました。
その活躍もあってか、2007年のツールにカヴェンディッシュは出場。この時点でのチーム名はまだ「Tモバイル」です。グライペルは出場メンバーに入りませんでした。
ですが、カヴェンディッシュも見せ場も全くなく、第8ステージで早々にメイン集団から遅れ、リタイアに終わりました。
2008年、ジロに共に出場
2008年、スプリンター2人の力は誰の目から見ても確かなものになりました。グライペルはツアー・ダウンアンダーで圧巻のステージ4勝、そして総合優勝を成し遂げました。
カヴェンディッシュも前年に続いて、スヘルデプライス・フラーンデレンに勝利。そして、カヴェンディッシュ、グライペルの2人のスプリンターは、この年、共にジロに出場しました。
このときのチーム・ハイロードのメンバーが豪華。
カヴェンディッシュとグライペルの他には、今も鉄人として活躍している、アダム・ハンセン。そして、若き日のトニー・マルティンとブラッドリー・ウィギンス。
後に世界チャンピオンになるTTスペシャリスト2人が列車を走らせました。
エーススプリンターは?
スプリントで勝利を狙うメンバー構成ですが、カヴェンディッシュとグライペルのどちらがエーススプリンターを担ったのでしょうか。通常、チームのエースは一桁台が"1"のゼッケンを付けます。
この時、一桁台が"1"のゼッケンを付けたのはカヴェンディッシュでした。
カヴェンディッシュがステージ2勝
スヘルデプライス・フラーンデレンを2連覇し、一流スプリンターに肩を並べたカヴェンディッシュでしたが、昨ツールでは未勝利でリタイアしたため、グランツールでは勝利がありません。なんとか勝利したいカヴでしたが、そのジロにはリクイガスのスプリンター、ベンナーティーが出場していました。ベンナーティーは、前年のツールとブエルタでステージ優勝を飾っているトップスプリンターです。
このジロでベンナーティーはステージ3勝をします。対するカヴェンディッシュは、第4,13の2ステージを制します。展開や経験値からベンナーティーが勝利数では勝っていましたが、単純にスプリントの力比べとなると、カヴェンディッシュのスピードが群を抜いていました。ベンナーティーが勝った3ステージの内の1つも、後方から桁違いのスピードで追い上げたカヴェンディッシュに稀に見る僅差での勝利でした。
カヴェンディッシュはグランツールでの勝利を手に入れ、何よりも単純なスプリント力では、他を寄せ付けない圧倒的なスピードを持っていることを印象付けました。
グライペルも1勝を
カヴェンディッシュの為に働いてきたグライペルですが、終盤の第17ステージできっちり勝利を手に入れました。
ゴール前の急なカーブを、先頭でハイロードトレインが通過した時点で、他スプリンターは既に後方に。トレインの並び的に、本来ならば、グライペルが発車台としてスプリントを開始して、その背後からカヴェンディッシュがスプリントを開始するというのが定石でしょう。
しかし、敵チームのスプリンターがその時点で後方にいたため、カヴェンディッシュが前に出ることなく、グライペルが先頭のままゴール。カヴェンディッシュも2位に入り、ワンツーフィニッシュを飾りました。
二人の仲が気になる・・・
グライペルが勝ったステージで、カヴェンディッシュはグライペルを抜かないように力を抜いているように見えたのですが、グライペルの感触は違っていたようです。
グライペルは、「カヴェンディッシュは、自分のことを抜こうとしていた」「これまで、カヴェンディッシュのために働いてきたのだから、今回の勝利を彼は喜んでくれるはず」などピリッとしたコメント。やはり、アシストをしてきたグライペルは相当不満が溜まっていたようです。
そして、その後、チームメイトとして2人で揃って同じレースへ出場することはありませんでした・・・
カヴェンディッシュの黄金時代、その裏で活躍するグライペル
ジロで、桁違いのスピードを持っていることを見せつけたカヴェンディッシュでしたが、その後も華々しい戦績を残していきます。カヴェンディッシュはツールで華々しく活躍し、グライペルはグライペルで、カヴの出場しないレースできっちりと階段を上がっていきました。
2008年カヴ遂にツールで覚醒
初出場のジロでステージ2勝したカヴェンディッシュは、この年もツールに出場。グライペルはメンバーいませんでした。世界のトップ選手が、コンディションを整え、最高の状態で挑んでくるのが、ツール・ド・フランス。各トップスプリンターもこの大会での勝利は何が何でも欲しい・・・そんな大会で、またしてもカヴェンディッシュは一人違う次元にいました。
この2008年チーム名は「ハイロード」から「コロンビア」に。カヴェンディッシュのためのトレインを走らせるメンバーもかなり強力でした。アダム・ハンセンや、ジョージ・ヒンカピー、シウトソウなど牽引メンバーに、自身もスプリンターである、ゲラルト・チオレックやベルンハルト・アイゼルがゴール前の発車台役を務めます。カヴェンディッシュはこの豪華トレインに率いられ、圧巻のステージ4勝をあげます。
これが、伝説始まりだったのかもしれません。
2009年、グライペルがブエルタポイント賞
一方のグライペルでしたが、彼も各ステージレースで派手なスプリント勝利をあげていきます。そしてカヴェンディッシュの出場しないブエルタにエーススプリンターとして出場。圧巻のステージ4勝をあげ、ポイント賞を獲得します。スプリンターのタイトルであるポイント賞はカヴェンディッシュより一足先に獲得しました。
2010年、カヴ、グランツールでの初ポイント賞、グライペルが移籍の決意
2008年のツールで、ステージ4勝をあげたカヴェンディッシュ。2009年ツールはなんとステージ6勝。2010年も5勝。世界のトップ200人が集うツール・ド・フランスの、21あるステージの内の5~6ステージをカヴェンディッシュが勝ち取ってしましました。(彼の力もさることながら、チームのトレイン自体も最強)
そして、2010年に、ただ一つ出場していなかったグランツール、ブエルタ・ア・エスパーニャに出場します。このブエルタではステージ3勝をあげました。そして、ペタッキ、フースホフト、ベンナーティー、タイラー・ファラーなどトップスプリンターが揃った中で、最終的にスプリント賞を獲得します。これが、カヴェンディッシュにとって、グランツール初のポイント賞の獲得となりました。
グライペルはというと、ジロでステージ1勝を手に入れます。前年のブエルタでステージ4勝し、ポイント賞も獲得する快挙を成し遂げましたが、ツールには出場できませんでした。そして、グライペルは来シーズンからオメガファーマ・ロットへ移籍することとなりました。
2011年、カヴェンディッシュが名実ともに世界最強のスプリンターへ
すでに実力では世界最強と認められつつあったカヴェンディッシュですが、2011年は二つの大きなタイトルを勝ち取りました。
一つ目が、ツール・ド・フランスでのポイント賞。前年のブエルタに続いて、最高峰のレース、ツール・ド・フランスでも嬉しいポイント賞を獲得しました。ステージも相変わらず5勝と荒稼ぎ。
そしてもう一つのタイトルが世界選手権の優勝です。スプリンター向きのコースであり、もちろんカヴェンディッシュが最有力の優勝候補でしたが、レースに絶対はありません。世界選手権は、所属チームではなく、国ごとのレースになるため、いつもの黄金のトレインには乗れず、ゴール前でカヴェンディッシュは埋もれ気味に。しかし、自分自身の圧倒的なスプリントで優勝しました。
ツールのポイント賞、世界選手権の勝利とカヴェンディッシュが更に大きく飛躍したシーズンでした。
グライペルの逆襲
グライペルは、スプリンターとしての高い実力がありながらも、カヴェンディッシュと同じチームでは、ツール出場は叶いませんでした。カヴェンディッシュのいないレースで活躍を続けていたグライペルでしたが、2011年からは機会を求めて、オメガファーマ・ロットに移籍しています。
2011年、ゴリラ遂にツールに
ロットに移籍したグライペルは、スプリントのエースとして、遂にツールに出場。昨シーズンまで自分がいたスプリント最強チームにツールで挑むことになりました。ですが、やはりHTC・ハイロード(その年のカヴェンディッシュのチーム名)はスプリント最強チーム。他チームの追随を許さない高速列車、もはやカヴェンディッシュのための職人と化した発車台選手の存在。
しかし、グライペルにも絶好のチャンスが。それは第10ステージでのことでした。この時点でカヴェンディッシュは既に2勝をあげていましたが、このステージは荒れた展開になり、HTCのトレインが崩壊。いつもの必勝態勢には持ち込まれずに、カヴェンディッシュとグライペルの単純なスプリント勝負に。僅差の勝負になりましたが、勝利したのはグライペルでした。かつてのチームのエースを打ち破ったのでした。
結局、カヴェンディッシュはこのツールで5勝、グライペルは1勝でしたが、カヴェンディッシュにも勝てる力があることを、ツールで証明しました。
HTC・ハイロードが消滅。2人の2012年ツール。
カヴェンデイッシュが所属し、かつてはグライペルもいたHTC・ハイロードは、来季からのスポンサーを獲得できず2011年のシーズンを最後に解散となってしまいました。カヴェンディッシュの必勝態勢を構築し、勝利を量産した最強のスプリントチームが消滅してしまったのです。カヴェンディッシュは、自国イギリスのスカイへ移籍することになりました。
グライペル躍進の2012年のツール
そして、迎えた2012年のツール。スカイのカヴェンディッシュと、ロット・ベリソル(前年のオメガファーマ・ロット)のグライペルが再びスプリント勝負を繰り広げますが、今回は状況が異なっていました。スカイは、ブラッドリー・ウィギンスの総合優勝を最優先にしたチーム編成をしたのです。そもそもカヴェンディッシュのためのトレインすら組みませんでした。一方のロット・ベリソルでは、ユルゲン・ヴァンデンブロックという総合リーダーはいたものの、どちらかと言うと、グライペルのスプリント勝利を狙うメンバー構成でした。
カヴェンディッシュはトレイン無しでしたが、経験値と位置取りの巧さを持っていました。第2ステージでは、トレインから発車されたグライペルを発車台に使ってスプリントを開始。グライペルをねじ伏せました。
しかし、やはりチームの協力が得られないカヴェンディッシュはその後なかなか勝てませんでした。一方のグライペルは、ロットトレインが上手く機能し、第4,5,13ステージで勝利しました。
第2ステージ以来勝利がなかったカヴェンディッシュでしたが、終盤に、やっと2勝します。世界チャンピオンでありながらも、ここまで尽くしてくれたカヴェンディッシュに、恩返しすべく、マイヨジョーヌを着るウィギンスが自らカヴェンディッシュをアシストするという感動の展開になりました。第18ステージでは、ウィギンスの鬼引きによって、逃げを捕まえ、カヴェンディッシュが勝つことが出来ました。パリの最終ステージでも、ウィギンス自らがゴール前まで牽引し、ボアッソンハーゲンが発車台を努め、カヴェンディッシュが余裕の勝利。やらないだけで、やってみたらスカイのトレイン強し・・・
カヴェンディッシュとグライペルが3勝ずつしたツールでした。ちなみに、ポイント賞は、初出場のサガンがサラッと持って行きました。
その後の2人の活躍
2013年、カヴェンディッシュ全グランツール ポイント賞制覇
ツールで総合を第一とする母国のチームスカイとは、1年で別れを告げ、カヴェンディッシュは2013年シーズンからオメガファルマ・クイックステップで走ります。新チームで心機一転、ジロに出場したカヴは、ステージ5勝をあげ、ジロでの念願のポイント賞を獲得します。これによって、2010年ブエルタ、2011年ツールと、全グランツールでポイント賞を獲得したスプリンターとなりました。
恐怖のマルセル・キッテル襲来
2013年ツール。この年のスプリントの主役はカヴェンディッシュでもグライペルでもありませんでした。前年、体調不良でリタイアしていたマルセル・キッテルでした。カヴが2勝、グライペルが1勝しましたが、キッテルが大量の4勝を手にしました。
これまで、スプリントでは敵なしの状態だったカヴェンディッシュでしたが、遂にその時代を終わらせるようなスプリンターが真価を発揮しました。カヴェンディッシュが、これまでなら勝てるような展開でも、後ろからキッテルにまくられて敗北を喫し、トップスピードの違いを見せつけました。
ピュアスプリント3強のそれぞれのツール
ド平坦のピュアスプリントでは、キッテル、カヴェンディッシュ、グライペルの3人の力が一歩抜けだしていて、その3人が順に活躍しているようでした。
2014年のツールは、前年に続いてキッテルがステージ4勝の大活躍。カヴェンディッシュは母国スタートで、勝ちたい気持ちが強い余り、サイモン・ゲランスに接触し第1ステージでリタイア。。。グライペルがなんとか1勝。
2015年はキッテルがツールに不出場。そしてグライペルが躍進のステージ4勝。カヴェンディッシュがなんとか1勝。
2016年はなんと、カヴェンディッシュが復活のステージ4勝。久々の強いカヴェンディッシュ。キッテルとグライペルが1勝ずつ。
2017年は、カヴェンディッシュがサガンと絡み、落車リタイア。キッテルが怒濤のステージ5勝。グライペルが2011年より続いていたステージ優勝をこの年で途切れさせてしまう。。。
仲良く勝利を分かち合うことはなく、スプリントの主役は毎年違うようです。