【室伏広治伝説】他のアスリートの身体能力を無にする驚異の身体能力

 

スーパーアスリート、室伏広治の伝説


皆さん、室伏広治というアスリートをご存じでしょうか。
ほとんどの方が知っていますよね。
陸上競技ハンマー投げの選手です。
オリンピックで金、世界陸上でも金。ふたつの世界大会で優勝した偉大な選手です。
日本で「ハンマー投げ」という競技が知れ渡っているのは、彼の功績でしょう。

しかし、彼の素晴らしさを語ると、こんな声が聞かれます。
そりゃあ、パワーはすごいけど、それだけじゃないの?
野球とかメジャーなスポーツの選手に比べたら、身体能力そうでもないでしょ?

いいえ、彼の身体能力は群を抜いています。
いくつかの伝説がそれを物語っています。

まずは序の口から・・・

始球式に登場


2005年、彼は巨人×横浜の始球式に満面の広治スマイルで登場。
青いミズノのユニフォームを着て、体格が凄い。
そして、マウンドへ。

野球経験はゼロ。
素人の力任せのフォームから繰り出されたのは球は、なんと131km/hを記録。
実況が叫び、選手たちも苦笑い。

己の筋肉だけで、この速球。
きちんとしたピッチングフォーム、技術を学べば、どれだけの球が投げられるのか・・・


練習中に軽々と世界記録


2002年、当時28歳の室伏広治はドキュメンタリー番組の密着取材を受けていました。
実はそのときの練習の中で、ある世界記録が生まれていました。

それは、立ち幅跳びです。

以前はオリンピックの正式種目でもあったそうです。
その世界記録は、レイ・ユーリーという陸上選手が記録した3m47cmでした。
ちなみに、このレイ・ユーリーという選手ですが、立ち幅跳びなどでオリンピックの金メダルを8個も獲得しています。
跳躍のスペシャリスト中のスペシャリストです。

そんな選手のもっていた世界記録を、室伏はいとも簡単に破りました。
その記録、3m60cm。

それも、とても記録を狙うような様子ではなく、
のそのそ歩いてきて、ジャンプ。あの97kgの素晴らしい肉体が嘘のようにフワッ浮きました。
投げるという行為とは全く違う跳躍でも、室伏広治の“規格外”の身体能力が垣間見られました。



異種目でも周りを無にする圧倒的身体能力


やり投
水曜日のダウンタウン』にて、タレントの昭英さんが室伏広治に関するエピソードを語っていました。
昭英は室伏と同年代で、やり投げの選手でした。
彼らが高校3年のときの国体での出来事を話していました。
その国体で、ハンマー投げが専門の室伏がやり投げに出場してきたのです。
「やったことはないけど、出てみようかな」という感じで出場したそうです。

やり投げを専門でやっている昭英は、さすがに負けないだろうと思ったそうです。
同じ投擲種目でも、やりとハンマーではどう見ても動作が異なります。
やり投げの専門的なトレーニングをしていれば、負けないと思うのが当然でしょう。

しかし、ここでも室伏の脅威の身体能力が炸裂します。
彼が投げると、昭英いわく「すっごい勢いで、やりがドゥルルル」と飛んだそうです。
そして、国体というトップ選手が集う舞台で、ハンマー投げの選手がやり投げで準優勝してしまいました。

「なんで、こんなに投げられるの?」という問いに対しても、「さっき裏の駐車場で小石を投げて練習した」という驚きの答え。

室伏の身体能力の前では、ほとんどのアスリートの努力が無にされてしまうのでしょうか。




極めつけはこれ!各スポーツ界の一流アスリートたちを抹殺。


世界陸上で優勝した室伏は、TBSのスポーツ王を決定する番組に出演。
各スポーツ界の一流アスリートが招待され、その一人として室伏も呼ばれたのでしょう。
しかし、室伏広治は一人違う次元にいました。

まずはこの種目。
ビーチフラッグ。
一回戦から始まり、旗を取れなかった人が脱落していきます。
室伏=パワーのイメージを覆す、異次元のスピードを見せつけました。

この番組、出場者がかなり豪華。
ここでも登場の昭英
マイク・キャメロン(野球・シアトルマリナーズ、そのシーズンの盗塁34)
仁志敏久(野球)
大畑大介(ラグビー)
岩村明憲(野球)
ケイン・コスギ 
他にも豪華アスリート。

笛が鳴る→起き上がる→走って旗を取りに行く、となる訳ですが
笛の音を聞いてからの反応速度が一人違います。
起き上がるのが速いので、他のメンバーより一拍速いスタート。
そして、足がメチャメチャ速い。
1回戦なんかは、大人と子供たちの対戦くらいの差がつきました。

ケイン・コスギは、立ち上がったとき室伏さんが見えたとのコメント。
横並びのスタートですが、ケインが起き上がったときには室伏は既に前進していたのです。

準決勝では、ラグビー日本代表のトライゲッター大畑選手が好戦します。室伏のわずか後ろに追いすがりました。
ラグビーらしく、室伏に体を寄せ旗にダイブしますが、流石の室伏はびくともせず旗をゲット。

決勝は、ヤクルトの岩村選手との勝負。ヤクルトを日本一に導いた、プロ野球界のトップ。
「ヘッドスライディングをするので、見ていてください」とアナウンサーにかっこつける。
・・・が、決勝でさえ室伏が圧勝。もうヘッドスライディングの体勢に入る頃には、旗を取れているくらいの差。かっこいいことを言っていた岩村がかわいそうなくらい。

なんで足もこんなに速いのでしょうか?笛への反応もすごい。神経レベルで超人なのでしょうか。
他のアスリートは完全に骨抜きにされました・・・
もう、宇宙一決定戦みたいなリーグに出て欲しい・・・


他のパワー系競技はもちろん圧勝。
単純な綱引きをする種目があったのですが、ごっつい外人さんにも圧勝。
100kgを超える外人さんや、タフィ・ローズマイク・キャメロンも室伏のパワーに一瞬で体勢を崩され為す術無し。
なんか思い込みで、こういうパワー競技は、マッチョな外人さんには敵わない印象があるので、なんとなく違和感が。しかし、その日本人は室伏広治


結局、この番組は、スピード、パワーを異次元で兼ね備えた室伏が総合優勝。出場していたどの選手も、類い希な身体能力を持ち、各スポーツ界を勝ち抜き、数少ないプロの椅子を勝ち取ってきた人たちでしょう。
ですが、そんな中でも一人異次元にいた室伏広治。伝説を残しました。




まだまだある諸伝説


●100mを10秒台で走れる。武井壮いわく、30mまでならウサイン・ボルトより速い。

ボブスレーの日本代表候補を見出すトライアウトに参加。いくつかの種目でテストされ、全種目満点。余裕で日本代表候補に選ばれるが辞退。

●握力は127kg以上。こちらも『水曜日のダウンタウン』で放送されていた。ハンドグリッパーという、握力が127kgないと握りきれないトレーニング器具がある。室伏は、それを渡されて一発で握りきる。世界で、渡されて一発でできたのは室伏だけだという。


いろいろな伝説がありますが、室伏は何が他と違うのか・・・
個人的な感想ですが、“体の使い方”を極限まで極めた結果だと思います。
体重97kgの室伏ですが、外国のハンマー投げの選手と比べると軽量です。100kg以下の選手が世界のトップに立つのは考えられない競技です。
その体格差を埋めたのが体の使い方だと思います。
室伏が筋トレをしている際の映像で、なぜかダンベルなどに紐で垂れ下がった球が付いていました。トレーニング器具に球がブラブラとぶら下がっているのです。
自分の動作が正しい動きをするためだそうです。その球の揺れ具合を見て、自分の動きに無駄がないか判断するのでしょうか・・・レベルが高すぎて、素人には分かりません。
他にも、生後数ヶ月の赤ちゃんからヒントを得た動きもやっていました。仰向けに寝て、手足を上げています。その手足はゴム紐のようなもので繋がれ、バランスを取ってるようでした。
ブランコで三半規管を刺激するとも言っていました。

もちろん、筋力トレーニングをしたり、実際にハンマーを投げたりもしています。
しかし、それだけではなく、どうしたら体が無駄なく動き、パワーを引き出せるのか、いろいろな体勢でも体は状況を判断しバランスを保てるかということを極めているように見えました。

ハンマーをグルグル回している時に、誰よりもバランスが取れ、ハンマーを投げる一瞬に無駄な動きなく全ての力をハンマーに伝えることが出来ているのではないでしょうか。

 

伊調馨が嫉妬した人はアブドゥルラシド・サドゥラエフ?本音は吉田沙保里?

1月3日に、『ビートたけしの私が嫉妬したスゴい人』という番組が放送されていました。各著名人が嫉妬した人を紹介していく内容で、凄い人が嫉妬する意外な相手、各分野の奥深さを知ることができ、とても面白かったです。

 

その中で伊調馨さんが登場。

伊調馨の『嫉妬したスゴい人』とは…

アブドゥルラシド・サドゥラエフというロシアの男子選手でした。

18歳にして、86キロ級の世界選手権を制したの選手のようです。

18歳という若さで、更に重量級の階級で勝つことはあり得ないことのようです。

 

しかし、、、

伊調馨さんが嫉妬した人がとして、私達が期待してしまうのは、、、

やはり吉田沙保里さんではないでしょうか。

テレビスタッフも吉田沙保里さんについてはどうですか?と質問。

 

すると、こんなエピソードが。

同じ階級にいた、伊調馨と吉田沙保里。

高校性のときに対戦したときは、吉田沙保里が2勝。

伊調馨は吉田沙保里を倒して日本の代表になりたかったそうですが、監督の指示で階級を上げたそうです。

本当は吉田沙保里に勝利して代表となりたかったそうで、かなり悔しい決断だったそうです。

 

しかし、そのお陰で伊調選手はオリンピック4連覇という吉田選手もなし得なかった偉業を成し遂げましたね。

 

もし、吉田沙保里との試合なら勝つ自信はありますか?

との質問に伊調選手は、

「自信をつけてマットに上がりたいですね」とプロフェッショナルなアスリート対応でした。

 

逃げのスペシャリスト、トーマス・デヘントとはどんな選手?

トーマス・デヘント(Thomas De Gendt)という、ベルギー人の選手がいます。

フルームやサガンといった、いわゆるスター選手では決してありません。

しかし、とても“強い”選手です。強いという言葉がピッタリな選手なのです。

 

逃げのスペシャリスト

 

トーマス・デヘントと聞いて、思い浮かぶのは間違いなく『逃げ』ではないでしょうか。

平坦ステージではスプリンター、山岳ではクライマーが勝ちますので、そういった勝負を決める特技に秀でない選手は、序盤からアタックし、逃げ切って勝ってしまおうとします。

しかし、やはり大集団が小集団を追うので、逃げ切りの確率はかなり低いのです。

この限りなく少ない確率の勝利を求めて、果敢に、そして黙々と逃げに挑戦するのがトーマス・デヘントです。

 

最初の大きな勝利は・・・

 

誰もが認める逃げのスペシャリストであるトーマス・デヘントですが最初に注目されたのはどのレースでしょうか?

デヘントにとって、最初の大きな勝利は、おそらく2011年のパリ~ニース 第1ステージです。

 

この平坦ステージでも、序盤に逃げが形成されました。この逃げ集団にはデヘントは入っていません。逃げは、ほぼ捕まるものですので、やはりメイン集団に吸収されます。

しかし、この逃げを捕まえたのが、まだ40kmも残した地点でした。すると、やはり新たなアタックが生まれます。

そのときにできた逃げにトーマス・デヘントは入りました

一緒に果敢に逃げたのは、イェンス・フォイクトとジェレミー・ロア。同じく逃げのスペシャリストです。

スプリンターを勝たせたいチームはメイン集団のスピードを上げ、捕まえようと迫ります。

大集団に対して3人の逃げでなので、少しずつ差を詰められますが、逃げ屋三人も協力してハイスピードを維持します。

そして、足の揃った3人の勝負を制したのがトーマス・デヘントでした。

その前から逃げを得意とする選手ではありましたが、実力のあるフォイクト、ロアにも勝ち、デヘントの存在が広く知れ渡ったレースとなったことでしょう。

 

ジロで驚きの総合3位に

~第20ステージで驚きのヒルクライム

そして2012年。デヘントはジロ・デ・イタリアで驚きに結果を残します。

それはジロ終盤の第20ステージのことでした。

それまで密かに総合8位につけていたデヘントは、ステルヴィオ峠でアタックを試みます。総合8位ではありますが、集団から抜け出すことに成功します。

ライダー・ヘシェダルや、ホアキン・ロドリゲスなど総合優勝争いをする選手たちは、クライマーとしての印象はないトーマス・デヘントにそれほど驚異を感じなかったのでしょう。

デヘントは逃げ集団でも強さを見せ、独走に持ち込みます。

デヘントの抜けだしを許したメイン集団では、総合優勝候補たちのバトルが繰り広げられますが、デヘントは驚きのヒルクライムを見せ、なんと差を広げていきました。

 

デヘントの勢いは衰えず、20ステージで得意の独走勝利を飾り、総合は8位から4位にジャンプアップしました。

そして最終21ステージは個人TTです。

 

個人TTも強いデヘント~

20ステージの逃げ切りによって、総合4位にジャンプアップしたトーマス・デヘント。総合1位のホアキン、総合2位のへシェダルとの差は大きいものの、総合3位のスカルポーニとの差は30秒ほどでした。

最終21ステージは個人TTです。デヘントはこのステージで5位に食い込みます。

総合争いをする選手の中では、最も速いタイムです。

そしてスカルポーニを逆転し、総合3位を勝ち取りました。

 

逃げ屋のトーマス・デヘントのオールラウンダーとしての可能性が見られました。

 

 

ヴァカンソレイユ→クイックステップ→ロット・ソウダル

 

ヴァカンソレイユでは、勝ちまくるチャンピオンがチームにはいませんでした。そのため、デヘントも、アシストとしてチームに縛られることも少なかったのか、逃げまくることができていました。

そもそも、デヘントの他にも、フレチャフーガーランドなど、逃げ選手のイメージが強かったチーム。

そんなヴァカンソレイユは消滅してしまい、トーマス・デヘントはオメガファーマ・クイックステップに移籍。しかし、オメガファーマには、各分野のスペシャリストがいるエリート軍団のため、勝てる確率が高いエースのために走ることに。

 

そして、逃げたいときに逃げられないのは自分ではない!と母国のロット・ソウダルに移籍。

すると、かつてのように自由を得て逃げまくりました。

 

ツール・ド・フランス2016でステージ優勝

 

疲れ知らずの逃げを見せるタフなトーマス・デヘント。

2016年のツールでは、連日逃げ集団に加わりました。平坦ステージ以外の逃げ集団には、必ずと言っていいほどデヘントの姿が。

逃げ集団が安定して、先頭交代できる状態になるまで、デヘントは黙々と先頭を引き続けていました。

解説の土井選手が言うには、デヘントは見た目の通り寡黙な選手のようです。表情も変わらず、黙々と逃げ集団の先頭を引き続ける姿が印象的でした。

 

そして、第12ステージ、モンヴァントゥーの山頂フィニッシュのステージで優勝します。やはり過酷なステージでは彼のタフさが光るようです。

 

その後も逃げまくり、TVに無表情なデヘントの姿が映りまくりました。

連日逃げまくるデヘントについて、解説の方は、スカイのアシストと同じくらい疲れているはずとおっしゃていました。スカイのアシストは、フルームが総合首位なので、毎日メイン集団を牽引していますが、デヘントも少ない確率の逃げ切りを目指して、逃げまくり、疲労は想像を絶するものだったと思います。

 

 トーマス・デヘントの脚質は・・・?

 

ところで、逃げのスペシャリスト、トーマス・デヘントはどんな脚質なのでしょうか。

逃げのスペシャリストとして重要な独走力があります。TTも速いです。

登りも得意です。

クライマーよりのルーラー?オールラウンダー?

 

なんでもそつなく出来てしまうため、見極めずらいのかもしれません。

チクリッシモの選手名鑑では、ジロ総合3位後ではオールラウンダーを意味する『A』のマークが付いています。翌年の選手名鑑ではパンチャーの『P』のマークです。

最新の2017年版では、まさかの『S』。スプリンター。これは何かの間違いではないかと疑ってしまいます。何が何でもスプリンターではないでしょう。wikipediaでは、クライマー、オールラウンダー。

 

これだけ定まらない選手は珍しいですね・・・

 

 

新城幸也と飯島美和と飯島誠の関係性・・・婚約、離婚、、、

世界で活躍するバーレーンメリダ所属の新城幸也選手。飯島美和さんという婚約者がいます。飯島美和さんサイクルフォトグラファーとしても有名で、「イイミワ」の愛称で親しまれています。

そんな飯島美和さんですが、離婚を経験しています。その相手とは、これまた自転車界では有名な方です。

そのお相手とは、、、

飯島誠さんです。飯島美和さんはそのときの名字「飯島」のまま活動されているそうです。

 

Jスポーツで関係性が分かる場面が・・・

 

サイクルロードレースファンにはお馴染みのJスポーツ。長年グランツールも放送してきましたが、今年2017年はダゾーンに放送権を奪われたのか、ジロを放送しませんでした・・・

ですが、ただでは終わらないのがJスポーツ。放送できなかった「ジロ・デ・イタリア」に代わって「アリタイ・デ・ロジ」を放送しました。Jスポーツの経験豊富な実況解説陣がジロを振り返っていく番組です。もちろんジロの映像はありませんでしたが、なかなか面白かったです。その解説陣の中に、みなさんお馴染みの飯島誠さんもいました。

その番組の中で、イタリアにいるサイクルフォトグラファーの辻さんとスカイプで会話する場面がありました。実況解説陣のいるスタジオと、現地イタリアにいる辻さんの映像が画面で半々で映し出されました。

そんな中で、辻さんは、今プレスセンターにいます。と周りの状況を映します。そして、「飯島美和さんがいます。」と飯島美和さんも映します。

 

するとスタジオでは、飯島誠さんにやにやしながら微妙な表情を浮かべます。

辻さんも気がついたのか、パッと他の所を映しました。

少し、不自然さを残し、映像は元の実況解説陣のいるスタジオへ。

すると、宮澤崇史さんが、「僕は飯島さんの顔が印象的でした」と嬉しそうにいじりに行きます。

飯島誠さんも「懐かしい人がいたな」と言い、笑いに包まれました。

大会運営で疲れはて、放送中にウトウトしていた栗村さんも、面白さのあまり完全に覚醒。「コーヒーより効いた」と言っていました。笑

 

ということで、

飯島美和さんは、飯島誠さんの元夫で、現在は新城幸也選手の婚約者ということみたいです。

 

ワレン・バルギルはグランツールに勝つ選手になるのか。

フランスの期待を背負う若者

 

ツール・ド・フランス

自転車選手なら誰もが夢見る世界最高のレースです。

世界中にロードレースの選手はいますが、出場できるのは200人ほど。

世界のトップ200人が、このレースにコンディションを合わせ参戦します。

 

そんなフランスを代表するレースですが、フランス人の総合優勝者が長らく誕生していません。最後のフランス人総合優勝者は、あのベルナール・イノーです。

1985年にイノーが5回目の優勝をしてから、30年ほどフランス人総合優勝者が生まれていないのです。

そんな状況のフランスの期待を背負う天才がいます。ワレン・バルギルです。

 

驚異の3賞受賞

ご存知の方も多いと思いますが、ツール・ド・ラヴニールという大会があります。

U23ツール・ド・フランスと言われ、若手の登竜門的なレースです。

ツール・ド・ラヴニールで活躍した選手は、その後のプロの世界でもやはり活躍します。未来のスターが見つかるレースということです。

 

2012年のツール・ド・ラヴニールで総合優勝したのが、フランスのワレン・バルギルです。全6ステージで行われたこのステージレースで、バルギルは第4ステージで優勝し、総合トップに躍り出ます。そのまま、トップを守り抜いたわけです。

しかし、ワレン・バルギル得たのはマイヨ・ジョーヌだけではないのです。

なんと山岳賞とポイント賞も最終ステージでとってしまいました。

一つのジャージを着ることでさえ、たいへん難しいことでしょう。

まさに天才ライダーです。フランス自転車愛好家の誰もが、ワレン・バルギルの明るい未来を思い描いたはずです。

 

ラヴニール先輩勝者は輝かしい戦績。

ワレン・バルギルは2012年のツール・ド・ラヴニールの総合優勝者です。その後はどのような勝ち方をするのでしょうか。

 

成功した例としては、ナイロ・キンタナが挙げられます。

2010年のラヴニール勝者がキンタナです。キンタナはその後、着々と勝利を重ねます。

そして2013年にツール・ド・フランスの総合2位にまで到達しています。その後の活躍は凄まじく、ジロとブエルタで総合優勝。

ラヴニールに勝ってから3年ほどでグランツールで総合争いをするまでになっています。

そして、2011年のラヴニール勝者はエステバン・チャベスです。

チャベスも順調に勝利を重ね、2015年のブエルタで総合5位になっています。

そして2016年はジロ総合2位、ブエルタ総合3位です。特にジロは優勝しかけました。

 

バルギルも2013年に早々にブエルタではステージ勝利は手に入れました。総合でも、2014年のブエルタ総合8位など、しっかりと成績は残しています。しかし、総合優勝争いをするには、もう一段階強くなる必要がありそうです。

2010年、2011年のラヴニール勝者がブレイクした今、次はワレン・バルギルがブレイクする番かもしれません。

 

待たれるツール・ド・フランスでの活躍

 

フランス人のワレン・バルギル。やはり、なんといってもツールでの活躍が期待されます。フランス人ファンもフランス人による総合優勝を渇望しているはずです。

 

ワレン・バルギルのツール初出場は2015年。

そして、初出場で総合14位です。やはりその潜在能力の高さを見せつけました。

翌2016年は23位と後退しています。

同国のひとつ年上のロメン・バルデとティボー・ピノはツールで総合表彰台に立ちました。バルギルもまずは、その域に到達したいところです。